ロゼッタストーン日記

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zoom RSS 11月9日(火) ロゼッタストーン日記

<<   作成日時 : 2010/11/09 23:30   >>

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先週の土曜日、高校(徳山高校)の同窓会に誘われて行ってみた。ゲストが映画監督の酒井充子(あつこ)氏。『台湾人生』というドキュメンタリー映画を制作した人だ。
http://www.taiwan-jinsei.com/

話を聞くと、なんと私と同じ熊毛中学校の出身。中学も高校も同じという人は少ないので、とっても親しみを感じてしまった。私よりも10歳ぐらい年下なので、これまで会ったことはないのだけど。

そんなわけで、彼女の著書『台湾人生』(文藝春秋)を購入して読んでみた。日本統治時代に生まれ育った台湾の人々の声を紹介している本なのだが、内容が結構心に刺さった。

敗戦後、台湾の人たちは祖国が来ると喜んだそうだが、やってきた国民党は台湾のインテリ層の多くを殺害してしまった。
「日本の教育受けてこんなになったのになんでわれわれを捨てたの。なんで陰ながらでも守ってくれないの」と「大正15年生まれ」の女性は言う。お花もお茶も習ってきて、いまの若い人よりも日本人なのに……と。

日本軍人として戦った男性は、敗戦によって敵の国の籍に入れ替えられ、日本政府を恨んだという。彼は昔の日本語の歌が大好きで、よくカラオケで歌うそうだ。国民党がきたあとの歌はひとつも知らない。国のために死を覚悟して軍に志願したのだから、日本政府から「過去の台湾軍人軍属のみなさん、ごくろうさんでした、ありがとうございました」、その一言がほしい、と彼は言う。ボランティアで観光ガイドをしている彼は、台湾総統府を訪れる人に「教育勅語」を印刷した紙を渡し、「こんなにいいこと書いてあるのに、どうしてなくす必要がありますか?」と問いかけるという。

当時の日本人教師の中には、金をとらずに自分の家で補習したり、お金がない家の子を私費で援助したりする人もいたようだ。本の中には、当時の教師を慕う証言がいくつも出てくる。戦後何十年かたって再会を果たし、先生が病気になったときは日本に駆けつけて1週間以上も看病し、最期を看取った男性もいる。その男性の孫はいま、ホテルの受付で日本語を使っている。「日本語の跡継ぎがあってほんとにうれしいです」と彼は
「思い切り喜びを表した」そうだ。

彼らが語る日本への深い思いに圧倒される。もちろん恨みもあるだろうが、「自分は日本人」という意識もあるようだ。多感な時期に受けた「愛国教育」の影響はこんなに大きいものなのだろうか。他民族の土地を占領し、無理やり日本語を押し付けていたひどい時代に、愛情ある教師がいたことは救いだが、戦後の私たちは台湾のその後について、あまりにも無関心だったかもしれない。

私の後輩(年齢的にはね)はよい仕事をしているではありませんか。

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