ロゼッタストーン日記

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zoom RSS 4月17日(火) 「出版」はどこに向かってる?

<<   作成日時 : 2012/04/17 23:30   >>

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数日前、評論家で作家の東浩紀氏が興味深いことをツイートされていた。東氏は、前に紹介した『一般意志2.0』の著者で、コンテクチュアズという出版社をつくり、『思想地図β』という本を発行している。最近、会社名を株式会社ゲンロンに変更したようだ。

東さんのツイートの一部を抜粋すると…。

●それにしても、情報そのものを売ってマネタイズするのが不可能だということに、ひとはなんで気づかないのかな。ひとは、手に取れるパッケージか経験にしか金を払わないのだ。
●手の平サイズの機器で無限に複製可能なデータに、金なんか払うわけがない。これは原理的にそうなので、情報産業は最終的には、作品そのもの(データそのもの)にお金を払って貰うという考えを諦め、パッケージと経験の差異化でマネタイズする方向に向かうしかないと思う。
●3MBの楽曲に300円払うつもりはないが、その楽曲が「いまこの瞬間に聞ける」のであれば、その体験に300円払うことは全然ありうる。ひとがなぜライブに金を払うのかを考えればいい。情報産業はそういう方向を目指すほかないのであって、データの流通そのものを規制しようとしても無意味だ。
●作り手にお金を回すのはパッケージ/経験創出産業がやればいいのです。
●みな根本的に勘違いしているのですよ。ネットの登場で流通コストがゼロになる可能性が見えた。そうなると情報の発信者と受信者が直接に結びつけば両方得をすると思い込んだ。でも実際は、情報をお金に結びつけていたのは、その無駄だと思われていた中抜き産業であり流通産業なのです。
●いくら懸命に創作しても、それが100KBのテクストであり3MBの楽曲であるかぎり、ひとはおそろしく安い金しか払わない。それでは規模の経済で儲けるほかないので、創作環境は細る。そこで1のコンテンツをいかにして10あるいは100に育てるかに、今後の出版社や音楽産業の役割がある。
●情報そのものはいまや無限に複製可能なので、それが「触れるもの」(パッケージあるいは経験という希少材)に変わらないかぎり、無限に安い値段で取引される。これは自明の原理です。マネタイズはこの前提のうえで考えるほかない。
●というわけで、いろいろ考えたあげく、ぼくとしては、結局テクストはデザインで付加価値つけた「書籍」パッケージ(電子書籍の場合はアプリのデザインなど含めた difinite contents)で売るほかないとい う結論に達していて、だからメルマガはやらないで出版社作っているのです。
●これは単純な話で、ぼくの考えでは、文庫本とかペーパーバックみたいなもの(デザイン関係なく流通するもの)は電子化してどんどん値段が下がるのです。残るのは、物理的な紙含めデザインされた物理書籍と、電子書籍では音声など込みでアプリケーションそのものが情報デザインになっているもの。
●残るのは、極限まで安くなった生データと、付加価値付与に成功し高値止まりしたコンテンツ。ぼくとしては、前者の競争に巻き込まれると量で勝負するほかなく終わるので、後者に関与したいと思っています。
●いまの出版界の最大の問題は、100万部目指す本も数千部しか見込めない本も、基本的に同じような値付けになっていることです。ぼくは前者はもっと安くなるべきだし(そこに電子化が寄与する)、後者はもっと高くなるべきだと思う。

つまり、ただの文章だけの本は、電子化時代にはどんどん価格が安くなっていく。高くても売れるのは、デザインで付加価値をつけた「書籍」のパッケージ、「電子書籍」なら音声こみなどの付加価値のついたコンテンツだという。あるいは、「経験」という付加価値(講演会とか握手会とか、懇親会とか?)をつけて売るほかない…ということらしい。

「電子書籍では音声など込みでアプリケーションそのものが情報デザインになっているもの」といえば、あらまあ、ロゼッタの『セロ弾きのゴーシュ』なんて、絵あり、音楽あり、朗読ありと、付加価値つきまくり。残念ながら、まだそういうのを読む市場が育っていないのと、ロゼッタに宣伝力がないのとで、あまり注目されていないんだけど。方向性は正しいのかもね。

紙の本ならではの読みやすさというのはあるから、紙の本の需要がなくなることはないと思うけど、ちょっと読んでみたいな…と衝動買い的に本を買う場合は、とにかく安いほうを選んでしまうのは間違いない。かくいう私も、昨日、ジャーナリストの佐々木俊尚さんの電子書籍『当事者の時代』を思わず購入してしまった。『当事者の時代』の存在は知っていて、いつかは読みたかったのだけど、他に読みたい本、読まなければいけない本が山積みで、後回しになっていたのだ。でも、新書で998円の本が、電子書籍ならパブーというサイトで490円と聞くと、思わずポチッと購入。何百円かの違いは、庶民にとっては意外に大きいのである。

『当事者の時代』は今年3月、光文社新書から発売されている。が、自信を持って書いた本があまりマスコミでも取り上げられず、売上も伸びていないということにショックを受けた著者が、今回、採算を度外視し、出版社を通さず、電子書籍サイトで直接販売を始めたのだ。しかも、「コピー自由、無料で友人に送っても著者権は主張しません」という太っ腹。とにかく多くの人に手に取ってもらいたいということを優先しているようだ。

光文社は大変だなあ…と思いきや、著者のセルフ販売が話題になったせいか、amazonの順位は上がっているから、意外と紙の書籍の売り上げも伸びているのかもしれない。

佐々木氏は、これからは著者が直接電子書籍を販売していけばいいという立場。彼のツイートも興味深いので、ちょっと紹介。

●そして今、来週のメルマガに掲載する「電書の出版社が読者コミュニティを運営する未来」という原稿を書いている。出版社のコミュニティ化って未来はかなり大きな可能性があると思うんだけど、たぶん既存の紙の出版社には無理。そういう人材もスキルもないから。
●電子書籍による本のコミュニティ化って、2年前に「電子書籍の衝撃」書いたときに最後の方で言及して、以来ずっと宿題になってるテーマなんですよね。
●休暇も取らず半年もかけて書いた本をワンコインで売るなんて!と思う人もいるでしょう。でもいまの私の心境としては、もう損益はあまり考えずに、この本が届くべき人に届いてほしい!という気持ちのみなのです。そういうわけで490円。
●電書は出してもたいてい紙の本の数パーセントぐらいしか売れないんですよね。
●「当事者の時代」電書版は光文社を通しておらず、セルフパブリッシングです。従って490円という価格や特典などはすべて私の一存です。
●第三者の校正の入った部分は自分で手作業で元原稿を直しました。その行為を良いか悪いかはちょっとグレーな感じ・・。
●「当事者の時代」のパブー電書版はDRM(著作権管理)のいっさいかかっていないPDFとEPUBをダウンロードできるので、どんな機器でも自由に読めます。友人知人にコピーしてあげるのもご自由にどうぞ。私はその行為をいっさい非難しません。
●「当事者の時代」パブー電書版をコピーしてばらまくことはどんどんやっていただいて大丈夫です。むしろ私はその無料での拡散を応援したい気持ち。じゃあなぜ有料で売ってるの?と聞かれれば、購入して私を応援してくれる人を待ちたいからです。 http://p.booklog.jp/book/47797
●「当事者の時代」電書版は本当は今月のKindleスタートを期待していて、そっちでも同時発売したかったのですが。Kindleが始まればセルフパブリッシングが本格的に始動すると思います。本の書き手の皆さん、出版社と二次使用契約しちゃだめよ。
●紙の出版社は電書を売る手法はまったく持ってないので、書き手自らがソーシャルメディアを駆使して売るしかないのです。だとしたら出版社に中抜きされる理由は何もない。自分で売って印税70%を取りましょう。印税10%に甘んじる意味は無いよ。

佐々木氏が思い描く出版の未来は、著者が自分で電子書籍を発行・発売する世界。出版社に可能性があるとしたら、読者コミュニティを運営すること。もっとも、人材もスキルもない既存の紙の出版社には無理だろう…ということのようだ。佐々木氏のいう「読者コミュニティ」というのは、東氏のいう「経験」ともつながる気がする。

コミュニティの必要性は、季刊「ロゼッタストーン」をやっている頃から私も感じている。試験的に始めた「理想国会」も、一応そういう方向性だ。確かに「人材もスキルもない」ので、試行錯誤だけど。出版界は、そしてロゼッタは、今後どうなっていくんだろう。

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