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zoom RSS 6月14日(木) 『検事失格』(市川寛著・毎日新聞社)を読んで

<<   作成日時 : 2012/06/14 23:30   >>

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元検事が書いた『検事失格』という本を読んだ。非常に面白い。理想に燃えて検事になった若者が、組織の論理にがんじがらめにされて、ついには証拠もなく逮捕された容疑者を恫喝し、無理やり自白させてしまった…という衝撃のノンフィクションだ。

市川氏は、もともと「ダイバージョン」という制度に興味を持って検事をめざしたという。

ダイバージョンとは、本来は「迂回」といった意味だが、検事や裁判官が判断に迷ったとき、犯罪者が世間からできるだけらく印を押されないような手続きを選ぶことで、その社会復帰を助け、再犯を防ごうという一連の制度をいう。(『検事失格』より)

つまり、やみくもに罪を問うのではなく、公正な立場で犯罪に向き合おうとする非常に正義感の強い若者だったわけだ。それが、検事としてのキャリアを重ね、三席検事(検事正、次席に次ぐ地位で、ヒラ検事の筆頭)として主任を務めた「佐賀市農協背任事件」では、事件の容疑者とされた組合長が一貫して否認を続けていたため、「ふざけんな。この野郎! ぶっ殺すぞ、お前!」と怒鳴りつけるなどして、組合長を自白に追い込むまでになった。自白に追い込んだあとは、「自白調書」を作文し、組合長に署名させた。

裁判で組合長は不当な取り調べだったことを訴え、市川氏も自分の暴言を認める証言をしたため、「検事が取り調べ中に暴言」と、マスコミで大きく取り上げられた。「自白調書」は任意性に疑いがあるとして裁判所から却下され、組合長は無罪となった。検察の控訴は棄却され、1年後、無罪が確定した。その2か月後、市川氏は上司に説得され、検事を辞職した。いまは弁護士として活動している。

……と、事実の流れだけを書くと、市川氏がよほど問題のある検事だったように見えるが、そうではない。市川氏は検察の体質が合わずに、2度も自律神経失調症になっている。いまも、冤罪をつくってしまった後悔から、体調が万全ではないようである。本来は真面目で正義感あふれる人物なのだ。

「佐賀市農協背任事件」は、佐賀市農協が、当時の組合員に対して担保価値を水増しして融資したという不正融資事件。もともと市川氏の上司である次席が、怪文書を手に入れ、この事件を契機にある議員を捕まえることを狙った検察の独自捜査だった。市川氏は「主任」に指名されたが、実際の強制捜査などの指揮はすべて次席が取り仕切っていた。あとでわかったことだが、裁判所から令状をもらうための「捜索差押許可状請求書」も次席が勝手に市川氏の名義でつくったものだった。検察内部の書類に「偽造」があるなんて、シャレにならない気がするけど。

市川氏が大阪地検での研修のため、一カ月留守をしている間に、まず金融部長、支所長、組合員の3人が逮捕された。3人から供述を引き出し、組合長を逮捕するのが目的だった。次席は自分が春に定期異動することが決まっていたため、それまでに起訴しようと急いでいた。

市川氏は研修から戻ってこの事件の捜査に加わったが、証拠物の分析が不十分なため、事件の見通しがまったく立っていなかった。次席の指示は「とにかく割れ(自白させろ)」というだけ。不正融資の稟議書に組合長の決済印が押されていたというだけで、部下の3人を逮捕したものの、組合長が有罪だという決定的な証拠は何もなかった。部下たちの供述も得られず、捜査が手詰まりになったため、検察は組合長逮捕へと突き進んだ。市川氏も「三席」という責任感から、捜査への疑問を持ちつつも、組合長逮捕に賛成してしまった。

逮捕した組合長の取り調べには市川氏があたった。組合長は「私は一切かかわっていません。共謀などしておりません。不正融資とは知りませんでした」の一点張りだった。そのうちに最初に逮捕した3人の勾留満期が迫った。ただ一人自白していた金融部長は起訴、借り手であった組合員の不起訴は決まったが、支所長の処分は意見が分かれた。現場の検事、事務官、そして市川氏も「不起訴」という意見だったが、次席は「否認している奴を不起訴にするわけにはいかない」、トップの検事正も「起訴することで公判でうちに有利な供述を維持するはずだ」と、現場の意見を無視して起訴を決めてしまった。

3人の処分が終わると、応援に来ていた検事たちはそれぞれの地検に帰っていった。この事件に関わっていた同僚の検事、副検事は4月の転勤が決まっていたため、取り調べる検事は市川氏だけになった。いいかげんな捜査への怒り、上司への怒り、それを止められない自分への怒り…そういうたまりにたまった怒りが爆発し、とうとう市川氏は自白しない組合長に対して「ぶっ殺すぞ」と暴言を吐いてしまう。(※市川氏の記憶では1回だけだが、組合長は「毎日のように『ぶち殺すぞ』と怒鳴られた。さらに『第二弾、第三弾があるぞ』(「余罪で逮捕するぞ」という意味)とも怒鳴られた。あれは拷問だった」と証言しているという。市川氏は「覚えていないだけで、無意識のうちに組合長さんが話しているような『拷問』を繰り返していたのかもしれない」と本の中で述べている)

暴言の取り調べから間もなく、ある文書の説明を執拗に求めていたとき、組合長はとうとう「まいりました。認めます」と屈服し、その日を境に言いなりになった。市川氏が作文した自白調書にも文句も言わず署名した。組合長を起訴したあと、市川氏は他の検事たちがとった調書の点検に入ったが、次席や検事正らがチェックしていたはずの調書は、まるでばらばらで辻褄があっていなかった。

それでも市川氏は法廷で淡々と立証活動を続けたが、途中でとうとう気持ちの糸が切れ、自律神経失調症となってしまった。その後、市川氏は横浜地検小田原支部に異動になる。佐賀で続いていた裁判には証人として赴き、自分の暴言を証言した。最終的にこの事件は、公訴事実を認めた金融部長だけが有罪となった。(支所長は一審有罪で二審無罪、組合長は一審・二審とも無罪)

ろくな証拠もなく議員逮捕をめざすところ、無理な取り調べ、ねつ造する調書…。なんと郵便不正事件や陸山会事件と似ていることか…。そして、組織の中の下っ端検事は、「おかしい」と思いながらも、結局、上司が敷いたレールに沿って突っ走ってしまう。

自分の行為を悔やんでいる市川氏は、その後、テレビ局の取材で組合長がなくなったことを知る。ディレクターの勧めで、組合長の家族に謝罪に行った市川氏は、息子さんに「これからは、ぜひ弁護士として冤罪と闘ってください」と声をかけてもらったという。彼はこれからは自分の罪を背負いながら、その償いのために冤罪と闘うことを使命にすると誓っている。きっといい弁護士さんになっているんじゃないかな。私がもし、何かの機会に冤罪で逮捕されたら、市川氏に弁護を引き受けてもらいたいなあ…なんて勝手に思っている。

『検事失格』は、市川氏が誠実に自分の経験を振り返って書いた本だが、取り調べられた組合長側から見ると、全く違った側面もあるだろう。それでも、ここまで真剣に反省して、検察の問題点に踏み込んだ本は、貴重だし、説得力がある。これから検事になる人には、ぜひ読んでほしい本だ。あ、でも本を読んだら誰も検事になりたくなくなっちゃうかな……。優秀な検事がいなくなるのは困る。早く検察の改革を進めて、理想に燃える若者がやりがいを持って働ける場にしてもらわないと。笠間検事総長、たのみますよ。




検事失格
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