ロゼッタストーン日記

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zoom RSS 1月21日(水) 第17部 「戦うことを恐れない」

<<   作成日時 : 2015/01/21 23:30   >>

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私は自他共に認める超平和主義者です。争いごとはきらいだし、そもそも面倒くさがりやで、たいていのことは「ま、いいか」と済ませてしまいます。どんな人と話しても、自分の知らないことを知っているので「なるほど」と感心してしまいます。そんな私にとって、「戦う」というのはもっとも苦手なことなのですが、今年はこんなテーマが浮かんでしまいました。いよいよ私も武闘派に転身です(←うそ)。

春の小川のようにサラサラとのん気に生きるのが好きな私に、本当に「戦う」なんてことができるのでしょうか?

今年もハラハラドキドキ。ロゼッタストーン日記をよろしくお願いいたします。

◆戦うことを恐れない

昔からこんなことがあったら戦おうと心に決めていることがある。一つは戦争が起きそうなとき。戦争で戦うんじゃなくて、戦争を起こさないために立ち上がりたいと思う。もう一つは「言論の自由」が脅かされそうなとき。自分の言いたいことが自由に発言できなくなりそうだったら、それは何としてでも食い止めねば…と思っていた。

でも、物事は単純ではない。以前は、「言論の自由」というのは権力者によって制限されるものだと思っていた。戦前の特高警察や憲兵が思想を取り締まる…みたいなイメージ。が、最近は違った形での「不自由」が始まっているように思える。

大きな恐怖の一つはテロだ。パリの週刊新聞「シャルリー・エブド」の編集部が襲撃され、12人が殺害された事件は衝撃的だった。いまは、日本人2人がイスラム国の人質になり、命が危険にさらされている。一人はジャーナリストの後藤健二さんだ。テロリストに「言論の自由」なんていう言葉は通じない。

もう一つはインターネットによって形成される「空気」だ。ちょっとした失言がたちまち広がり、大バッシングにつながることがよくある。サザンオールスターズの桑田さんのライブでのおふざけも、世間は見逃さず、結局謝罪に追い込まれてしまった。権力者がつくる監視社会ではないけれど、ひとりひとりの感想や意見が大きな流れになることで、結果的に不寛容な社会をつくりだしている。

人間は誰も毒を持っている。「いま、この人なら責めていいよね」という空気ができあがってしまうと、毒が一箇所にあつまり、猛毒になってしまうのだ。

もちろん「秘密保護法」がどのように運用されるのかも注視しないといけないけれど、テロや空気というのは戦う相手が明確でないから厄介だ。もしかしたら、戦う相手は自分の中の「厄介なことにまきこまれたくない」という気持ちかもしれないのだ。

「おかしい」と思ったことが「おかしい」と言える自分でありますように。常に相手を尊重できる自分でありますように。「このままではいけない」という事態に直面したら、ペンを武器にして戦える自分でありますように。

そんなことを思っている2015年の始まりである。

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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
言論の自由がネットなどで「不自由」になっていること、本当にそう思います。
Dr 増収増益
2015/01/24 13:45

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1月21日(水) 第17部 「戦うことを恐れない」 ロゼッタストーン日記/BIGLOBEウェブリブログ
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